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熟年離婚③|離婚して1年半、新しい家族のカタチと私が叶えたい未来

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🍀 離婚して1年半経って気づいたのは、「離婚=不幸」ではないということです。

父との確執③(完結)〜元夫婦の関係と、新しい家族のカタチ🍀

父との確執①②では、実家との関係や元夫との間に起きたことを書いてきました。 今回は完結編として、離婚後の今の気持ちと、これからの自分について書いてみます。

離婚が成立したとき、正直ほっとしました。10年の別居を経てやっと終わった、という気持ち。 悲しみよりも、解放感のほうが大きかったです。

でも同時に、「これから先、ひとりで生きていけるのかな」という不安もありました。 子どもたちはすでに大学生で、いつか巣立っていく。 そのとき、自分の人生に何が残るのだろう、と。


離婚後に決めた、ふたつの目標

そんな私が離婚後に決めた、ふたつの目標があります。

  • 子どもに依存しない——子どもたちの人生は子どもたちのもの。親の寂しさを埋めるために子どもを使わない。自分の楽しみは、自分でつくる。
  • ひとりぼっちにしない——友人との時間を大切にする。新しいことにも挑戦する。50代からでも、つながりは増やせると信じて。

この2つを決めてから、少しずつ気持ちが前向きになってきました。 親友との女子デート、ブログ開設、習い事…… 自分のために時間を使うことが、こんなに豊かな気持ちになれるとは思っていなかったです。


元夫との関係について

離婚しても、子どもたちの親同士であることは変わりません。 今は必要なときに連絡を取れる関係でいられています。 憎しみより、「お互い、それぞれの人生を歩もう」という気持ちになれたのは、時間のおかげかな、と思います。

父との確執も、時間が経つにつれて少し俯瞰して見られるようになってきました。 父も、不完全な人間だったんだな、と。 許せないこともあるけれど、私自身がそこに縛られていたくない。 それが今の正直な気持ちです。

完璧な家族じゃなくていい。傷つくこともあった。でも、それが今の私をつくってきた。
そう思えるようになったのは、ここ1〜2年のことです。

おひとりさまの生き方・50代からの人生設計におすすめの本

おひとりさまの生き方や、離婚後の暮らし、50代からの人生設計について、 私が読んでよかった本をご紹介します。

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同じような境遇の方に、少しでも参考になれば嬉しいです。

離婚は終わりじゃなく、新しいスタートだと、今は心からそう思えます。 最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

①②③と長いシリーズを読んでくださった方、本当にありがとうございます。 これからも、日々の気づきや経験を綴っていきます。どうぞよろしくお願いします。

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熟年離婚②|離婚届が届いた日の衝撃と、子供たちへ伝えるまでの9か月

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離婚①はこちら

長い別居生活に、ついに終止符が打たれました。

離婚したのは、2024年5月初。結婚から21年目でした。

その時は、下の子は高校3年生になったばかり、上の子は留学中で不在だったので、下の子の受験が終わって、上の子が帰国するタイミングで、子供たちに伝えることにしました。

離婚届の証人には義父母が署名してあった

離婚届は、レターパックで届き、証人には義父母の署名がありました。

私は、主人、主人の両親から、「あなたはNOですよ!」と、自分の存在を否定されたような気持ちになり、すごくショックでした。

そして、父が主人に書かせた、あの念書を思い出しました。

自分の親が主人にやったことが、義父母から私に戻ってくるんだなぁとも思いました。

書類1枚で、10年前のことを思い出したり、こんなに悲しい気持ちになるなんて、想像もしていませんでした。

主人は早く提出したかったようなので、すぐに記入して返送し、しばらくして役所から「離婚届を受理しました」とお手紙が届いて、正式に離婚を確認しました。

子供たちにバレないように…怒涛の手続きが始まった

私は、子供たちはもちろん、自分の両親や兄妹にもバレないために、色々動きました。

まず、子供たちの扶養どうする?問題が起きました。

子供たちは主人の扶養に入っていて、そのままでいられると思っていたのですが、ほんのわずかだけ私の方が収入が多かったため、私の扶養に入れなくてはならなくなりました。

総務の仕事は母がしているため、バレずにどう手続きするかを考えていた時に、ちょうど定額減税が始まるタイミングと重なったんです。それを理由にして、違和感なく、私の扶養に入る手続きをすることができました。

それから、高校の方にも連絡しなければなりません。高校授業料無償化など、世帯収入が変わることなど、事務手続き等が必要だからです。

でも、その書類を子供が学校から受け取ってしまうと、子供にバレてしまうので、学校の事務室に電話をして、離婚したこと、受験生の子供を傷つけたくないので、分からないようにやりとりしたいことを伝えたところ、郵送でのやりとりを提案して下さいました。

この配慮は、本当にありがたかったし、今でも感謝の気持ちでいっぱいです。

離婚から9か月後、子供たちに伝える

下の子の受験は2024年の内に終わりました。上の子が帰国する2月に、子供たちに伝えることに。

その日は主人もこちらの家に来て、話があるからということで、4人リビングに集合し、主人から離婚を伝えてもらいました。

子供たちは、「マジで?!」って本当に驚いたし、下の子は泣き出してしまいました。本当に悲しい思いをさせました。

父(子供たちからみれば祖父)がきっかけなのは、子供たちもよく分かっています。

離れて暮らすようになって、主人と私がすれ違うようになり、主人はこれから先は実家で暮らしたいし、この家では暮らさないから、離婚することにしたと説明しました。

親であることは変わらないし、こうやって4人そろって過ごすこともあるし、経済的なことも今までどおりだから、何も心配しなくていいということを伝えて、子供たちも分かってくれました。

ずっと黙っていて辛かったので、子供たちが理解し受け入れてくれたことに、成長を感じました。

離婚して1年、今の私の気持ちや生活の変化を③で書いていきます。

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熟年離婚①|別居9年、まさか自分が離婚するなんて思っていなかった

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別居に至るまでの経緯は、父との確執①をご覧ください。

自分が離婚するなんて思ってなかった

まさか自分が離婚するなんて、結婚した時は夢にも思っていませんでした。

すごく仲も良かったし、優しくて大好きだったし、父と違って、いいパパで、結婚してよかったって思ってたのに。

この人となら、老後一緒にいたいと思って、結婚したのに、まさか自分が離婚を…。

主人とは大学のサークルで出会い、主人からの猛アプローチによって交際が始まり、5年付き合って、26歳の時に結婚しました。

結婚を機に、私の父の会社に入社し、計り知れないほどのストレスを抱えていたので、月に1回は子供を連れて主人の実家に遊びに行っていました。

主人は地元が大好きなので、実家に帰ればストレス解消になる、義父母に孫の成長を見せることで主人の親孝行になると思っていたからです。在職中も、私は妻として、どんな愚痴も聞いて、「パパは頑張ってるよ」「パパは悪くないよ」って、いつも主人の味方でいました。

夫婦仲も良かったし、私と結婚しなければこんな苦労しなくて済んだのに…(父からのモラハラ、パワハラ)と申し訳なく思っていたのと、どんなに辛くても勤めてくれていることに、すごく感謝していました。

でも、入社10年目、心身共にもう限界となり、退職を申し出て、主人は家も出て実家に戻りました。

徐々にすれ違っていきました

退職・別居から数年が経った頃、徐々にすれ違いが始まりました。

別居3年目くらいからでしょうか…歯車が狂い始めました。

理由は…

  • ① 在職中に主人から聞いていた愚痴の内容に、作り話もたくさんあったことが判ったこと
  • ② 転職しても収入は心配しなくていいと言っていたけど、心配になってくる収入

信じていたのに、言ってることとやってることが違うって思えてきて、どんどん信じられなくなって、喧嘩ばかり。喧嘩しなくなると、会話もなくなっていくんです。

毎週末帰ってきてたのが、隔週になり、月1になりました。

子供の用事も成長と共に親の出番も減ってきて、主人の方から離婚したいと申し出がありました。

別居から9年くらいだったと思います。

下の子が18歳を迎える4月に、成人するし、親権問題がなくなるから、その頃が希望だと。

でも、学校への手続きも必要になるし、受験生だし、精神的ダメージがあるから、卒業まで待ってほしいと伝えましたが、主人の意志が固くて、主人の希望の頃に離婚届を提出することを承諾しました。

子供たちには何も話さずに、夫婦だけで話を進めました。

離婚届を提出するまでの間、私の心の中はどんな状態だったのか…②に続きます。