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熟年離婚①|別居9年、まさか自分が離婚するなんて思っていなかった

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別居に至るまでの経緯は、父との確執①をご覧ください。

自分が離婚するなんて思ってなかった

まさか自分が離婚するなんて、結婚した時は夢にも思っていませんでした。

すごく仲も良かったし、優しくて大好きだったし、父と違って、いいパパで、結婚してよかったって思ってたのに。

この人となら、老後一緒にいたいと思って、結婚したのに、まさか自分が離婚を…。

主人とは大学のサークルで出会い、主人からの猛アプローチによって交際が始まり、5年付き合って、26歳の時に結婚しました。

結婚を機に、私の父の会社に入社し、計り知れないほどのストレスを抱えていたので、月に1回は子供を連れて主人の実家に遊びに行っていました。

主人は地元が大好きなので、実家に帰ればストレス解消になる、義父母に孫の成長を見せることで主人の親孝行になると思っていたからです。在職中も、私は妻として、どんな愚痴も聞いて、「パパは頑張ってるよ」「パパは悪くないよ」って、いつも主人の味方でいました。

夫婦仲も良かったし、私と結婚しなければこんな苦労しなくて済んだのに…(父からのモラハラ、パワハラ)と申し訳なく思っていたのと、どんなに辛くても勤めてくれていることに、すごく感謝していました。

でも、入社10年目、心身共にもう限界となり、退職を申し出て、主人は家も出て実家に戻りました。

徐々にすれ違っていきました

退職・別居から数年が経った頃、徐々にすれ違いが始まりました。

別居3年目くらいからでしょうか…歯車が狂い始めました。

理由は…

  • ① 在職中に主人から聞いていた愚痴の内容に、作り話もたくさんあったことが判ったこと
  • ② 転職しても収入は心配しなくていいと言っていたけど、心配になってくる収入

信じていたのに、言ってることとやってることが違うって思えてきて、どんどん信じられなくなって、喧嘩ばかり。喧嘩しなくなると、会話もなくなっていくんです。

毎週末帰ってきてたのが、隔週になり、月1になりました。

子供の用事も成長と共に親の出番も減ってきて、主人の方から離婚したいと申し出がありました。

別居から9年くらいだったと思います。

下の子が18歳を迎える4月に、成人するし、親権問題がなくなるから、その頃が希望だと。

でも、学校への手続きも必要になるし、受験生だし、精神的ダメージがあるから、卒業まで待ってほしいと伝えましたが、主人の意志が固くて、主人の希望の頃に離婚届を提出することを承諾しました。

子供たちには何も話さずに、夫婦だけで話を進めました。

離婚届を提出するまでの間、私の心の中はどんな状態だったのか…②に続きます。